コラム〜編集日記〜

第8回


梅雨が明けたのではないかと思われる暑い日が続いていますが、読者の皆様はいかがお過ごしですか?


編集者は現在ウスペンスキー著/高橋弘泰訳『新しい宇宙像・下巻』の刊行準備中です。他にトランスパーソナル学会常任理事をしておられる本宮輝薫さんがお書きになった『気とオーラの論理学・虚実補瀉論──真気の入れ方と邪気の抜き方について 』という、「気」についての科学的アプローチに基づいた画期的な解説書の刊行も企画中です。本書は、とりわけ、とかく軽視されがちな治療者あるいは施術者自身の健康への配慮を重視している点で、きわめて重要な意義を持っていると思われますので 、関係者の方々にぜひお読みいただきたいと思っています。


ところで、私事にわたって恐縮ですが、編集者は先月末、日本トランスパーソナル学会主催の連続講座で「クリシュナムルティと現代」というテーマでちょっとお話させていただきました。50人余りの受講者が参加され、中には遠くからはるばるやって来られた方もおられました。書くことは誰にでもある程度できますが、公開の場で即興で話すというのは高度なアートで、とても素人には無理なことですので、資料を用意してそれを紹介するということで何とか3時間半の長丁場をしのぎました。参加者の皆さんの自己理解を深めるのに役立つヒントをわずかでも提供できていたらいいのだが、と願っております。


ところで、クリシュナムルティについての話の中だけでなく、他のテーマについて考える際にもこのところ気になっているのは「同一化」と「脱同一化」という言葉です。これはいろいろなところで目にする言葉で、心理状態を理解する上でのキーワードかもしれないと思うようになりました。


 例えば、小社刊『やさしいフォーカシング──自分でできるこころの処方』でも、脱同一化が重要な鍵概念として登場します。普通私たちは悲しい時、「私は悲しい」と言いますが、これを「私の中に悲しんで(怖がって/怒って)いる部分がある」「私の一部が悲しんで(怖がって/怒って)いる」と言い換えること、それが脱同一化です。これによってクライエントはその感情を同じくらい強く、しかし、少し違った観点から体験できるのです。クライエントは、弱めたり否定することをまったくしないで、その感情の観察者、目撃者になるのです。


同一化については、チャールズ・タート著『覚醒のメカニズム──グルジェフの教えの心理学的解明』でも詳しく解説されています。タートは次のように述べています 。


同一化のプロセスは……人生に影響を及ぼすもっとも重要なものの一つである。それは、あなた自身のことを、ありうるあなたという存在のうちのほんの小部分として定義(限定)するプロセスである。「これは私だ!」的特質が付加される同一化の対象──事物、人々、主義主張、概念、等々──の特定の性質や特質には、さしあたり、あまり関心を払うことなく、このプロセスを考察してみよう。……さしあたり、同一化の対象にあまり関心を払う必要がないという一つの理由は、このプロセスが非常に強力で広く浸透しているので、人はどんなものとも同一化することができると私はうすうす感じているからである。あなたの名前、あなたの身体、あなたの所有物、あなたの家族、あなたの仕事、あなたの仕事で使う道具、あなたのコミュニティー、「主義主張」、国、人類、惑星、宇宙、神、あなたの指の爪、新聞記事に出てくる犠牲者……人が同一化してきたもののリストは際限がない。


つまり、私たちは事実上あらゆるものと「同一化」できるというのです。それを例証するため、彼は次のような課題を提示しています。  


ワークショップで同一化を例証を示するため、私は時々、床の真ん中に紙袋を置く。けれども、その袋にはなんら特別なものはない。空のダンボール箱でもいっこうにさしつかえないのだ。私はそれから、ワークショップの参加者たちに、その袋をじっと見つめ、それに注意を留め、その袋と同一化するように努め、それのことを「私のものだ!」と考え、その袋を愛し、参加者たちが自分自身の世話をするのと同じ仕方でそれの世話をするよう求める。これは、なんら複雑な催眠誘導でも瞑想手順でもない。私はただこれについてさりげなく話し、一分間に二、三回、指示を繰り返すだけである。参加者たちは、普通は不随意的な同一化のプロセスに、なんらかの随意的な支配を及ぼすよう求められ続けるのである。


突然、私は袋のところまで歩いて行き、袋を踏みつける! 思わず、あえぎ声が出る。人々は飛び上がる。彼らの表情は急激な感情の昂進を示す。時々、彼らは私の残忍さに文句を言う。私が袋を踏みつぶした時、身体に肉体的な痛みを感じた、と多くの人が報告する。多くの人は、あたかも私が彼らの体をぶったかのようなショックを感じる。が、彼らは的を射ているのだ。何かにアイデンティティ感覚を与え、それによってわれわれの個人的力の一部を譲り渡すのは至極簡単なのである。


いくつかのものは他のものより同一化しやすい。あなたの感覚(「私はかゆい」)と身体は生まれつきのものである。思考や感情(「私はまずそのことを考えた」「私は落ち込んでいる」)もまた同一化しやすい。なぜならわれわれは、一般に、自分の思考を創り出しているのは自分の手柄だと思っており、そしてわれわれの感情は明らかに自分に起こるからである。われわれは、特に、自分の名前と同一化する。


言い換えれば「私」という意識は自分の名前など無数のものとの同一化から成っているということです。ところが、あいにく同一化の対象は変化します。そのため、何かと同一化した人はその代価を支払わなければならなくなるのです。タートは言います。


物質界あるいは自分自身の心の中の何かに同一化することに固有の困難は、現実は変化し続けるということである。現実は果てしない変化をこうむる、と多くの哲学者および霊的伝統は指摘してきた。したがって、あなたが何かと同一化する時、その何かは変化していき、あなたがそれと同一化した時には、元のままに留まってはいない。あなたは、自分が同一化した対象の現実がもはや同じではないので、結局は失望することになるであろう。「彼/彼女は、私が結婚した時のあの素晴らしい人ではない。彼/彼女は変わってしまったのだ!」という嘆きを、われわれはいかにしばしば耳にしてきたことか。…… 「私!」である身体は病気にかかり、年を取り、やがては死ぬ。私の愛車は故障する。私の所有物はこわれ、ぼろぼろになり、盗まれるかもしれない。私は過去の出来事についての自分の記憶にすがりつこうとするかもしれないが、しかし記憶は薄れ、他の人々はその出来事が本当に起こったかどうか疑うかもしれない。


そもそも、誰が自分の同一化を選んだのでしょう? これについてタートは次のように述べています。


同一化の二番目の主要な代価は、あなたが自動的に同一化する物事および役割のほとんどは、そもそも、あなたが選んだものではなかったという事実から来る。文化適応のプロセス、合意的トランス誘導の一部として、あなたは、あなたの本質にとってはほとんどあるいはなんの関心もなかったかもしれない、あるいは本質に反してすらいた多くの役割、観念、人々、主義主張、および価値と同一化するよう、うまく丸め込まれ、条件づけられたのである。……


なぜ同一化が問題かと言えば、それによって私たちの内で自己実現するのを待っている部分としての「本質」(グルジェフ用語)の成長が妨げられてしまうからです。これについて、タートは次のように説明しています。


人々は、一般に、晩年になってからこれらの不本意な同一化の側面を発見する。あまりにもしばしば、われわれは次のような話を耳にする。「私は自分を無理やり法科大学に合格させ、二十年間法律を生業としてきた後、ある日、自分が本当は法律に全然興味がないことに気づいたのです。私の両親は、常々、ただただ私が父の志を継ぐことを期待していました。私の中の何かがそれに伴うストレスを常に嫌っており、私は潰瘍や高血圧にかかりました。私は、人生の大半を自分が嫌いなことをすることに費やしてしまったのです!」


同一化が物事に注意とエネルギーを払うということを思い出していただきたい。われわれは無尽蔵の注意とエネルギーを利用できるわけではなく、したがって、もし同一化のいくつかの対象に注意とエネルギーを注げば、その他のものからそれらを取り去らなければならない。われわれが同一化するよう条件づけられた物事との同一化は、われわれの本質の好みにおかまいなく、人生の主要な側面となっており、それをわれわれは自分の人格と呼んでいる。われわれが自分が選んだものではないかくも多くのものと自動的に同一化するという事実は、グルジェフが人格を「偽りの人格」と呼んだ理由の一つである。


最後に、自分が何か(外見、肩書、社会的地位、妻子、国、会社、スポーツチーム、集団、宗派、教義、などなど)と同一化しているかどうかの判定の仕方について一言。もしその何かについて他の誰かにけなされたり、批判されたり、悪口を言われたりした時に自分が不愉快になったり傷つけられたと感じたら、あるいは逆にほめられたり、評価された時に良い気分になったら、かなり同一化が進んでいるとみなしていいと思います。これは、日常生活の中で誰にでもできる自己診断法としてご利用いただけると思います。通常、それらの同一化がいわゆる「ペルソナ」「偽りの人格」のほとんどを構成しており、私たちの真の部分である「本質」の成長を妨げているのです。


なお、最近話題(問題)になっている「ナショナリズム」や愛国心は、強烈な感情的エネルギーを伴うため、こうした同一化に関わる現象のうちでも最もやっかいなものの一つです。これについては「サングラハ」の7月号(8月初旬刊行予定)でやや詳しく書いてみましたので、お読みいただければ幸いです(連絡先 TEL&FAX:0424−95ー8200 サングラハ事務局 重田さん)。
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